Ⅰ.虫刺症の概念 -虫による皮膚疾患とは-
虫による皮膚疾患には、①昆虫やダニが一時的に吸血したり、針で刺したり、体液が付着することで皮膚炎を起こす虫刺症、②昆虫やダニが病原体を媒介する全身性感染症、③ダニやシラミ、線虫、条虫、蛆などが皮膚に寄生して起こる皮膚寄生虫症などがあります。
一般的に「虫刺され」というと昆虫・ダニの吸血・刺咬により生じるものをいいますが、広義にはムカデ、クモ、サソリの咬症も含めて考えることがあります。
本稿では、身近な虫刺症である昆虫・ダニによる皮膚炎を中心に、皮膚科の日常診療において「知っておきたい虫刺症の診断と治療のポイント」をご紹介します。
Ⅱ.虫刺症の見分け方のポイント
1.原因種を突き止めることが重要目次へ
虫刺症の診療において重要なことの一つは、症状をくり返さないために原因種を突き止めることです。たとえば、イエダニやトコジラミは駆除を徹底しないと、被害が続いてしまうからです。
したがって、受診された患者さんの皮疹の状態から“多分、虫刺されによる症状だろう”と一括りに考えるのではなく、できるだけ原因種を突き止めることが大切になります。
まず、虫刺症かどうかを見分けるポイントとして、「皮疹の分布」「刺点」「虫の生息場所との接点」が挙げられます。
2.皮疹の分布を確認する目次へ
皮疹の原因が虫かどうかを見分けるポイントの一つは「皮疹の分布」であり、そのためには虫刺症の好発部位を知っておく必要があります(図1)。昆虫・ダニは体の外から人を襲います。したがって、刺しやすい・襲いやすい部位が狙われるため、結果として皮疹の分布は左右非対称で偏在します。また、昆虫・ダニでもその種類によって皮膚の露出部を好む種類、被服部を好む種類など様々です。
たとえば、イエダニ刺症の場合は、体温が高く柔らかい腋窩、胸部、腹部、鼠径部、大腿部などの非露出部位が好発部位です(図2)。手足を刺された患者さんが「イエダニではありませんか」とおっしゃって受診されることがありますが、そのような患者さんはイエダニが原因であることはほとんどありません。
ネコノミ刺症はノミが飛べる範囲の膝から下が好発部位であり、紅斑やときに水疱、結節を生じます(図3)
蚊、ブユ、毛虫、トコジラミなどは肌の露出部が好発部位です。毛虫皮膚炎(ドクガ皮膚炎)では、ドクガの幼虫に0.1mmの毒針毛が30 ~ 50 万本もあり、これに触れることで小丘疹が多発します(図4)。洋服に針がついてしまって、着替えるときに全身に広がってしまうこともあります。
3.刺点を確認する目次へ
虫刺されの特徴として、膨疹や紅斑、丘疹の中心に刺点という刺された痕があることが挙げられます。ただし、瘙痒により掻き壊したり、発症から時間が経過している場合などは、刺点がはっきりしないこともあるので、皮疹の分布、問診(被害場所、時間帯、季節など)も含めて診断します。
虫刺症は虫が刺すだけではなく、ムカデのように毒牙で咬むものもあります。ムカデは1対の牙で咬むので、2ヵ所の咬み痕が残ります(図5)。また、アオバアリガタハネカクシのように払いのける際に体液が付着して、火傷のような線状~帯状の紅斑を生じるものもあります。
4.問診で被害場所を推定し、刺されたとき・咬まれたときの痛み・出血の有無を確認する目次へ
原因種の特定、被害場所の推定のためには虫の生育場所を知ることも大切です(図6)。
皮疹が遅延型反応を呈している場合は、被害時期は発症の1~ 2日前であることが多いですが、トコジラミ刺症では初回に多数匹に刺された場合、感作が成立する約1 週間後に皮疹を生じるため、問診の際には注意が必要です。
また、刺されたときに痛みがあるのは、ハチ、アブ、アリ、ムカデ、クモなどです。刺されたときに出血があるのは、ブユ、アブなどです。ブユは口器で皮膚を傷つけて血をすするため、出血や痂皮を伴うという特徴があります。
痛みには虫が刺す・咬むことによる物理的な痛みと、皮膚に注入された化学物質(セロトニンなど)による刺激があります。痒みは皮膚に注入された化学物質(ヒスタミンなど)によるものと、唾液腺物質や毒などに対するアレルギー反応によって生じます。
5.症状の程度には個人差がある目次へ
「子供だけが刺されて腫れるのはなぜか」というように家族の中でも人により症状が違うことについて質問を受けることがあります。これは蚊の唾液腺物質の感作の程度によるものであり、この質問に答えるためには「蚊刺による皮膚反応の変遷」の理解が役立ちます(図7)1)。
出生後に初めて蚊に刺された場合は無反応ですが、次第に刺される回数が増えることで蚊の唾液腺物質に感作されます。そして、刺されて1~ 2日後に痒みを伴う紅斑が現れ始め(遅延型反応)、1 週間程度が続きます。さらに同じ種類の蚊に刺され続けると、刺されてすぐに痒みを伴う膨疹を生じ、短時間で消えるようになります(即時型反応)。その後さらにくり返し刺されると、やがて刺されても反応しなくなります。つまり、蚊の唾液腺物質に対して免疫を獲得したことになります。
ネコノミ刺症では、猫を長年飼っている人はネコノミに対する免疫を獲得して刺されても無症状になりますが、そのお宅に猫を飼ったことのない人が訪問して、ネコノミに刺されて症状が現れたという例もあります。
一方、ハチ、ムカデ、オオハリアリ、ヒアリなどの場合、くり返し刺されるうちに特異的IgE 抗体が作られるようになり、全身の蕁麻疹やアナフィラキシーショックなどの重篤な症状を引き起こすことがあります2)3)。
文献
- 1)大滝倫子:ハチ刺症の症状と治療, 節足動物と皮膚疾患(加納六郎編), 東海大学出版会,東京,1999, p107-117
- 2)夏秋優:節足動物刺咬症.MB Derma 329: 75-81, 2022
- 3)谷口裕子:ハチアレルギーの診断と治療.日皮会誌 121: 2895-2897,2011
- 4)松尾典子,谷口裕子,椛沢未佳子,他:トコジラミ刺症22 例とその対処法. 日皮会誌 125: 1292-1293, 2015