Ⅴ.増加しているトコジラミ刺症
12.トコジラミ刺症の報告は国内でも増加している目次へ
トコジラミは世界中に分布する昆虫です。戦前は都市の住宅密集地域における一般的な害虫でしたが、戦後は殺虫剤の普及や衛生状態の改善によってトコジラミによる被害は急速に減少しました。
ところが近年、再びトコジラミの被害が宿泊施設を中心に増加しています。2000 年頃から欧米で流行が始まり、2005 年頃からわが国でも増加傾向にあります(図8)。当初は海外旅行をされた方からの相談が多く、被害場所は海外のホテルでしたが、その後は国内の比較的高級なホテルや旅館、インターネットカフェ、公共の宿泊施設などで発生しています4)。また、輸入した家具や海外からのお土産品などから持ち込まれることもあります。しかも、トコジラミは一般的なピレスロイド系殺虫剤に耐性となっているため、注意が必要です。市販の殺虫剤では、カルバメート系やオキサジアゾール系殺虫剤(バルサン®まちぶせスプレー、トコジラミ ゴキブリ アース)が有効です。室内で繁殖した場合は、専門業者による駆除(有機リン系殺虫剤、熱処理など)が必要になります。
13.トコジラミは夜間に吸血する目次へ
トコジラミは昼間の明るいときには室内の壁や柱の割れ目、畳の隙間、カーペットの裏側、壁面の額縁などに潜んでおり、夜間に生息場所から出てきて就寝中の人の頸部や四肢などの露出部分を吸血するという特徴があります。体長は5 ~ 8mmで、褐色の楕円形の虫です。
トコジラミ刺症の被害は、夜間就寝中に起こり、吸血されている際には自覚症状を伴わないことが多いため、大半の患者さんは吸血に気付いていません。初めて多数匹に刺された場合は、唾液腺物質に対する感作が成立する約1 週間後に強い痒みを伴う紅斑、丘疹が出現します。一方、以前に刺されたことがある患者さんは刺された翌日に発症することがあり、さらに何度も刺されている患者さんは赤み、痒みを生じないこともあります(図9)。
トコジラミは、患者さんの体動時や十分に吸血できなかったときには刺し直して吸血するという習性があるため、発疹が線状に並ぶ傾向があります(図9B)。
もし、宿泊施設などでトコジラミを見つけたら、たとえ刺されていなかったとしても、ご自宅や移動先に持ち込まないように注意していただく必要があります。旅行先からトコジラミを持ち帰った可能性がある場合は、衣類などは熱処理をする、持ち物をビニール袋に入れて殺虫剤を噴霧する、持ち帰った物で捨てられる物は捨てる、などの対処法を指導します。また、トコジラミは革製品を好むので、旅行カバンは樹脂や金属製ですき間のないものを選ぶ、滞在先ではカバンの蓋を必ず閉める、カバンを置いた周囲に殺虫剤を撒く、などでご自宅や移動先への持ち込みを予防していただくように指導します。
14.トコジラミ刺症の治療の基本はステロイド外用薬目次へ
トコジラミ刺症の治療の基本的な考え方は他の虫刺症の治療と同様に高ランクのステロイド外用薬と、痒みが強い場合には抗ヒスタミン薬の内服、必要であればステロイド内服薬を使用します。
これらの薬剤による治療を2 ~ 3 週間続けることで症状は軽快します。ただし、症状がこじれて痒疹に移行してしまうと、治療期間は長引くこともあります。
15.トコジラミ刺症の問診では過去の旅行歴を確認する目次へ
トコジラミ刺症は、刺されてから症状の出現までにタイムラグがあるため、患者さんは原因に思い当たらないことが多いです。トコジラミ刺症が疑われる場合は、問診の際は1 週間前からの旅行歴や生活環境を確認することが必要です。
Ⅵ.終わりに -虫刺症をくり返さないために
虫刺されを疑う発疹が発生したら、症状を長引かせないため、そして再発させないために、患者さんには速やかに皮膚科を受診していただければと思います。
一般的な虫刺症の予防においては、屋外では肌の露出をなるべく避け、虫除けスプレーを適切に使用していただくことが有効です。
診療においては、単なる“虫刺され”と一括りに診断するのではなく、できる限り原因となっている虫を突き止め、くり返して刺されないように虫別の対策や駆除の方法についてもご指導をいただくことが重要です。
文献
- 1)大滝倫子:ハチ刺症の症状と治療, 節足動物と皮膚疾患(加納六郎編), 東海大学出版会,東京,1999, p107-117
- 2)夏秋優:節足動物刺咬症.MB Derma 329: 75-81, 2022
- 3)谷口裕子:ハチアレルギーの診断と治療.日皮会誌 121: 2895-2897,2011
- 4)松尾典子,谷口裕子,椛沢未佳子,他:トコジラミ刺症22 例とその対処法. 日皮会誌 125: 1292-1293, 2015