Ⅲ.スキンケア、悪化因子の対策、補助療法について
アトピー性皮膚炎の病態の中でも“炎症”と“バリア機能障害”は切り離すことができない、重要な要素です。皮膚の乾燥によりバリア機能が低下すると、そこからダニや埃など様々な異物が侵入して炎症を引き起こします。炎症の発症・増悪を止める意味でも皮膚のバリア機能の是正が必要であり、その点からもスキンケアはアトピー性皮膚炎治療において非常に重要です。フィラグリンは、皮膚表層のバリア機能にとって非常に重要なタンパクですが、2006年にフィラグリン遺伝子変異がアトピー性皮膚炎の重要な発症要因であると報告され2)、日本人でも約3割にフィラグリン遺伝子変異があることが報告されました3)。フィラグリンは角質層内でケラチン線維を束ねる働きをするほか、分解産物が顆粒層で天然保湿因子として働くことから、フィラグリン遺伝子変異によるフィラグリン欠損によって皮膚バリア機能が低下し、アトピー性皮膚炎の発症に大きく影響していることが明らかになっています。また、遺伝子変異がなくても、炎症によりフィラグリンの低下がみられることもすでに明らかになっています。フィラグリンはアトピー性皮膚炎発症の要因の一つとして重要です。
12.保湿スキンケアは多くのアレルギーの進展を防ぐ。
保湿剤は継続が重要で、そのためには保湿剤の剤型の選択も重要である。目次へ
近年、アトピー性皮膚炎発症の高リスクの乳児で、保湿剤を毎日塗布することによってアトピー性皮膚炎の発症率を有意に低下させることが報告されています4)。
副作用の心配がほぼない保湿剤をしっかりと塗布することでアレルギー疾患の発症を3割も抑えたことの意義は非常に大きいと思います。乳児の全身に保湿剤を塗布することはさほど難しいことではなく、しかもそれだけでいろいろなリスクが低下するわけですから、保湿スキンケアは非常に大切です。このことを多くの方に知っていただくためにも、かかりつけの先生方のご説明が、アレルギーの進展防止に重要となります。
保湿剤の塗布回数は、1日1回の塗布よりも2回の塗布が有効ですが5)、一方で成人患者さんで1日1回塗布と2回塗布では、実行のしやすさに差があることも確かです。アトピー性皮膚炎において炎症も悪いけれども乾燥が目立つ、炎症よりも乾燥の方が気になるという患者さん、乾燥によって治療がうまくいっていない患者さんの場合、できれば1日2回塗布するように指導しますが、実際には困難な場合があります。そのような患者さんでは、朝はベタツキがなく素早く塗布できるローションを、夜はしっかりとクリームを塗布するという選択もあります。部位や塗布時間などで、患者さんが好まれる剤型を選ぶことは、治療継続・アドヒアランス向上のために非常に重要です。
13.“掻いてはダメ”と言われても決して掻くことは止められない。
掻いた時の影響を最低限にすることが大切。目次へ
掻くことが炎症を引き起こし、掻くことがさらに痒みを増強します。しかし、痒みは我慢できない感覚です。掻かないに越したことはありませんが、“掻いてはダメ”と言われても決して止めることはできません。したがって、掻いた時の影響を最低限にすることが最も重要になります。例えば爪を切る、チクチクするような衣類を着ない、さらに触った時のダメージを最低限にするために、皮膚を保護することも重要な対策になります。中でもステロイドテープ剤は、ステロイド剤としてはさほど強くありませんが、貼付部位を密閉することで効果が増強され、患部の保護作用も期待できます。
人前でも掻くことを我慢できないような痒みの非常に強い方はともかく、そこまで痒みは強くないがなかなか良くならないような中等症から軽症の患者さんは、就寝中に掻くことが多いため、就寝前にステロイドテープ剤を貼付することで皮膚を保護できます。また、痒いところを繰り返し掻くことで固い結節になったり皮膚が苔癬化しますが、抗炎症効果の増強と、外界からの刺激を防ぐという両面でステロイドテープ剤は有用です。例えば、痒疹結節の硬い患部に貼っていただく、就寝中に擦れていつもアカギレのようになるという方には指に巻いていただきます。一晩貼っていただいた多くの患者さんが、“朝につるんっとしています” とおっしゃいますが、固い痒疹結節や苔癬化では、まだ炎症が燻っています。掻破が治まったら、後はしっかりと外用薬を塗布する、何となくちょこちょこと掻くことが続くような場合は、就寝前のステロイドテープ剤の貼付を続けます。
ただし、非常に好まれる患者さんがいらっしゃる一方で、嫌だという患者さんもいらっしゃいます。ステロイドテープ剤は、症例を選んで、皮疹を選んで、時期を選ぶと、非常に良い治療オプションになります。
14.抗ヒスタミン薬は患者さんが“どうかな?効いていないかな?
”なら使用しない、“なんとなくいいです、ちょっと良いです”なら継続する。目次へ
抗ヒスタミン薬の使用についてガイドラインでは、かゆみの特異的な治療の選択肢が他にないことに加え、近年の非鎮静性抗ヒスタミン薬は比較的副作用も少なく安全に使うことができることから補助的な治療薬として推奨されていますが、その使用に“拘りすぎない”旨の記載があります。
実際に抗ヒスタミン薬が有効な患者さんもいらっしゃいます。患者さんが抗ヒスタミン薬に対し“なんとなくいいです、ちょっと良いです”なら継続しますが、“どうかな?効いていないかな?”ということであれば、その使用の継続に拘る必要はありません。
15.漢方製剤には+αの効果を期待。
”なら使用しない、“なんとなくいいです、ちょっと良いです”なら継続する。目次へ
アトピー性皮膚炎に対してエビデンスがあって、ガイドラインに推奨されている漢方薬は、補中益気湯と消風散の2処方です。補中益気湯は気虚(比較的やせ型で虚弱体質的なタイプ)の患者さんで、皮疹の改善よりもむしろステロイド外用薬を減量できたことが報告されています。アトピー性皮膚炎治療において漢方薬は補助的な治療薬であり、+αの効果を期待する位置付けになると思います。抗炎症外用薬と保湿剤、さらに抗ヒスタミン薬を用いても治療効果が今一つというような時、患者さんにはこれ以上の外用薬の使用はできないし、例えば免疫抑制剤の内服など治療を強化するほどでもないという時で、何となく気虚の傾向がある患者さんには補中益気湯を併用するという選択肢があります。
ただし、漢方薬にも副作用があることを念頭に置く必要があります。漢方診療の経験が浅い先生が漢方薬を使用される際には、診察の際に患者さんの体調の変化に注意しながら、さらに定期的な採血検査なども必要です。
16.痒み・皮膚症状以外のことを患者さんからお聞きするなど
”なら使用しない、“なんとなくいいです、ちょっと良いです”なら継続する。目次へ
アトピー性皮膚炎患者さんにおけるメンタルケアは非常に大切です。患者さんのアンケート調査結果を見ると、医師とのコミュニケーションに対して不満を抱いている方がかなり多くいらっしゃいます。患者さんが医師に聞いてもらえていないと思うことは、日常生活の制限(例えば○○ができない、△△に行けない)と “お金がかかることが心配”、“将来が不安”、“何となく自分に自信が持てない”、など精神不安です。
痒みや皮膚症状以外のことを聞いてみたり、悩んでいることは何か、などを聞いてみることで心身医学的な側面に配慮することは、われわれが考えているよりも意外と大切なことかもしれません。
文献
- 2)Smith FJ, et al,: Loss-of-function mutations in the gene encoding filaggrin cause ichthyosis vulgaris. Nat Genet. 38(3); 337-342, 2006
- 3)Nemoto-Hasebe I, et al,: FLG mutation p.Lys4021X in the C-terminal imperfect filaggrin repeat in Japanese patients with atopiceczema. Br J Dermatol.161(6); 1387-1390, 2009
- 4)Horimukai K, et al,: Application of moisturizer to neonates prevents development of atopic dermatitis. J Allergy Clin Immunol. 134(4)
- 5)大谷真理子, ほか: 保湿剤の効果に及ぼす塗布量および塗布回数の検討. 日皮会誌. 122(1); 39-43, 2012